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津地方裁判所 昭和49年(行ウ)4号 判決 1980年1月24日

原告 種村一博

被告 三重県公安委員会

訴訟代理人 澤田成雄 木村三春 外六名

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四九年一月二九日原告に対してなした自動車運転免許の効力停止処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前)

主文と同旨。

(本案)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告

(請求原因)

1 原告はかねて自動車運転免許(普通免許)を受けていたものであるが、被告は昭和四九年一月二九日原告に対し、原告の運転免許の効力を一八〇日間停止するとの処分(以下「本件処分」という)をなした。

2 ところで昭和四二年一二月一八日午後一〇時三五分ころ三重県四日市市東茂福町八番一二号十字路において、市川栄一運転の軽乗用自動車(以下「市川車」という)と内村節雄運転の大型貨物自動車(以下「内村車」という)とが衝突し、右市川栄一および市川車に同乗中の市川陽子が軽傷を負い、同じく市川車に同乗中の市川京子が死亡した(以下「本件事故」という)が、本件処分は、本件事故が同年一二月二八日に発生したとし、その原因は市川車の後続車たる原告運転の普通乗用車(以下「原告車」という)の追突による押し出しであり、結局右追突は原告の安全運転義務違反に起因することを理由としてなされた。

3 しかしながら本件事故に際して原告車が市川車に追突した事実はなく、同車と原告車との接触があつたとするもそれは原告の過失・安全運転義務違反に起因するものではなく、本件事故は専ら前記市川栄一の過失により発生したものであり、この点の認識を誤つた本件処分は違法である。即ち、

(一) 本件事故現場は国道一号線道路上であるが、原告が原告車を運転して同道路を北進中、市川車が北進接近してきて原告車を追越しざま原告車の前方六ないし八メートル位に割込み急に減速するとともに続いて次の瞬間には進路を右に変え対向車線上に出た。

(二) 原告は、市川車が減速したため同車との衝突をさけるため原告車を急に減速したが次の瞬間進路を右に変えた市川車の陰から現れた先行の自転車二台を発見し、それらへの追突を避けるため自らも進路を右にとり、また市川車への追突を避けるため更に減速して同車との車間距離を保とうとした。

(三) このとき、対向の内村車が市川車に衝突して同車をハネあげて原告車と衝突させ本件事故が発生した。従つて本件事故は、市川車が対向車線上に自ら飛び出して内村車の進路をふさいだことにより発生したものであるし、原告が自らも市川車に続いて進路を右にとつたのは前記自転車二台との衝突を避けるための緊急避難行為であつて、原告には本件事故発生につき何ら落度はない。

よつて、原告に安全義務違反の事実があるとの理由によつてなされた本件処分は違法でありその取消を求める。

(被告の主張に対する認否)

被告の主張は全て争う。

二  被告

(本案前の主張)

原告は本件処分の取消を求める訴の利益を有しない。

原告が取消を求めている本件処分にかかる運転免許の効力停止期間は昭和四九年一月二九日から一八〇日間であるから、本件処分は同年七月二七日の経過によつて既にその効力を失つているものである。また、道路交通法(以下「法」という)一〇三条及び同法施行令三八条の規定によれば、公安委員会は道路交通法違反に対する行政処分の種類・程度を決定するに当り、過去三年以内になされた当該違反者の違反行為を前歴として判断の資料とすることになつているが、本件訴訟は、処分時から既に三年六か月を経ており、本件処分の取消によつて原告が回復すべき法律上の利益はもはや存在せず、本件訴はこれを追行し得る利益を失つたというべきであつて却下を免れないものである。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。ただし、「本件処分は本件事故が昭和四九年一二月二八日に発生したとしてなされた」との点を除く。本件事故は同月一八日に発生したとして本件処分をなしたものである。

3 同3の事実は否認する。

(被告の主張)

1 本件事故の概要

原告は桑名タクシー有限会社(通称米喜タクシー)所属のタクシー運転者であつたものであるが、昭和四二年一二月一八日午後一〇時三五分頃、営業用普通乗用自動車(三重五こ二〇六七)を運転し、国道一号線を時速約五〇キロメートルで北進して三重県四日市市東茂福町八番一二号先十字路交差点付近にさしかかつた際、折から同交差点南側で自己と同方向の道路中央寄りにおいて右折のため一時停止中の市川車の動静を考慮せず漫然進行していたことにより市川車の後部に自車前部を追突させ、その衝撃により市川車を対向車線上に押し出す状態で進出させて、同所を対向南進して来た内村車と衝突せしめ、よつて、市川栄一に左頂部挫創等の全治約四週間、同乗中の市川陽子に全治約七日間の腹部打撲症等の各傷害を与え、また同市川京子を脳出血、脳幹損傷のため同月二〇日午後八時三五分頃死亡させるに至つた。

2 右事故に対する適用法令条項

(一) 原告による本件事故は法七〇条の安全運転義務に違反するものであり、かつ原告は、右交通事故惹起日の前一年以内である昭和四二年八月二一日に免許の効力停止七〇日間(講習の受講により三五日間短縮)の処分を受けており、さらに本件事故を起こしたため、本来法一〇三条二項二号および一部改正による道路交通法施行令(昭和四二年九月五日政令第二八〇号、以下「旧施行令」という)三八条一号「ヘ」により免許の取消処分をなすべき場合に該当するのである。

なお、本件事故は昭和四二年一二月一八日に発生したのであり、同四八年一二月五日に免許効力停止処分決定がなされ、同四九年一月二九日に右処分を執行したのであるが、道路交通法施行令(昭和四三年一〇月一日政令第二九八号)附則二項一号に基づき行為時の施行令(政令第二八〇号)の三八条一号「ヘ」の規定を適用して右処分決定およびその執行をしたものである。

(二) 原告の起こした本件事故に旧施行令三八条一号「ヘ」が適用される理由は次のとおりである。

旧施行令三八条一号「ヘ」は、過去一年以内に一回以上免許の保留等の処分を受けた者が、「ニ」に掲げる違反行為をし、交通事故を起こして人を死亡させたときの適用条項であるが、ここに「ニ」に掲げる違反行為とは、「ニ」に列記されている法一一九条一項一号(信号無視等)、二号(追越禁止違反等)、二号の二(通行区分違反等)、三号の二(乗車積載制限違反等)、五号(整備不良車両の運転違反)、九号(安全運転義務違反)、九号の二(運転者の遵守義務違反)、一五号(免許条件違反等)の個々の違反を指すものである。

すなわち、叙上列記の違反行為をして人を死傷させた場合において、

○ 酒気を帯びて人を死亡させたときは、免許の保留等の処分の有無にかかわらず「ニ」を

○ 酒気を帯びずに人を死亡させ、その者に過去一年以内に免許の保留等の処分が一回以上あるときは「ヘ」を

○ 酒気を帯びて人を傷つけその者に過去一年以内に免許の保留等の処分が一回以上あるときは「ト」を

それぞれ適用すべきものである。このことは、旧施行令三八条一号の「ハ」に対する「ロ」、「ホ」に対する「イ」「ロ」、「リ」に対する「ニ」、「ル」に対する「ニ」等の関係から自ら明らかである。

3 本件処分の経緯

(一) 処分の手続

被告は、本件事故が前記の各法条に該当すると認めたため、昭和四三年四月八日法一〇四条の聴聞を行ない、原告の弁明聴取を行なつたが、原告は追突の事実はなく法七〇条違反もなき旨弁明したので、刑事処分があるまでの間、処分を保留した。

その後、原告は本件事故につき昭和四五年二月四日津地方裁判所四日市支部において禁錮一年、同年六月九日名古屋高等裁判所において控訴棄却、同四六年六月一八日最高裁判所第三小法廷において上告棄却の各判決を受けて第一審の禁錮刑が確定した。

原告は昭和四六年七月九日から三重刑務所に入所したため、同四七年三月六日付書面をもつて三重県警察本部長から聴聞出席の有無について照会したところ、同刑務所長を通じて原告から出所後に聴聞を希望する旨の回答を受けたので、同四八年二月一三日および同年一二月五日に運転免許行政処分聴聞事項書に基づき、所定の聴聞を行なつたが、原告は、右両日の聴聞の席上において本件事故が自己の追突に原因して発生したものでないことおよび本件事故に対する警察捜査が不法不当であることを述べ、また被告にあて警察捜査の不法不当と公正な刑事裁判の結果を非難する趣旨の同年二月四日付内容証明郵便を郵送し、一貫して自己が刑事処分や免許に関する行政処分を受けるいわれがない旨主張した。

(二) 処分の決定

原告が起した交通事故に対する処分は、本来は前記のとおり免許の取消処分とすべきところ特に裁量をもつて一八〇日間の効力停止処分としたものである。

一般に、交通事故を事由とするこの種の処分は、道路交通法令違反の態様、過失の程度、被害の程度、示談賠償の進行状況など諸種の事情を考慮して行なうこととされている。ところで、原告の起した本件事故は、一方的ともみられる追突を原因とする死亡事故であり、過失の程度はもちろん被害の程度も大きく、適用法令条項に照しても当然免許の取消処分となすべきものであるが、本件事故に対する示談賠償も適切に行なわれているなどの事情を斟酌して特に一八〇日間の効力停止処分に軽減したものであり、原告本人のため考慮すべき事項はすべて考慮して本件処分をなしたものである。本来、運転免許の取消および停止等の処分は、これを行なうべき事由の発生後すみやかに行なうことを本旨とするのであるが、原告本人のため聴聞の実施を長期間保留し、慎重な処分決定を行なつたものである。

(三) 処分の執行

通常、聴聞に出席した被処分者に係る処分の執行は、処分決定日に執行するのが通常なるも、原告は処分決定日の昭和四八年一二月五日現在、運転免許証を紛失して所持しない旨の申立があつたので、原告が同免許証の再交付を受けた後の同四九年一月二九日、三重県員弁警察署において原告に運転免許停止処分通知書を交付し、原告から同人名義の運転免許証および運転免許停止処分通知請書の提出を受け、本件処分を執行した。

4 処分事由の存在

(一) 原告は、本件処分の事由となつた交通事故が、自己の追突に原因して発生したものでなく、過失責任はもとより、法七〇条の安全運転義務違反もないので、運転免許の効力停止処分を受ける事由は存在しない旨主張している。また、本件事故は、原告車を追越してその前方に割り込み、右に進路変更した市川車が対向の内村車と衝突して発生したものであり、仮に市川車との接触があつたとするも、原告になんの落度もないとも主張している。

(二) しかしながら、本件事故が原告の追突に原因して発生したこと(原告車が市川車に追突してこれを右側対向車線上に押し出したこと)は証拠により優に認められるところであり、原告の刑法二一一条の過失、前方不注視による法七〇条の安全運転義務違反は、争う余地なき事実であり、原告の処分事由不存在による処分取消請求の主張は全くあたらない。

(三) 原告は、被告が再度にわたつて行なつた聴聞等において、終始、自己が追突をしていない旨を主張するとともに、交通事故事件に対する警察の捜査や刑事裁判の結果を批判するかの如き言を発しているが、これは原告独自の見解に過ぎないものであり、被告が原告に対して行なつた本件処分に違法性はもとより、事実誤認などは全くない。

5 以上のとおり、原告に対する本件処分は適法である。

第三証拠<省略>

理由

一  被告が昭和四九年一月二九日原告に対し、原告の運転免許の効力を一八〇日間停止する処分(本件処分)をなしたことは当事者間に争いがない。

二  被告は、本件訴は訴の利益を欠くものであると主張するので、以下訴の利益の存否につき判断する。

行訴法九条は処分の失効後においても、処分の取消によらなければ回復しえない法律上の利益を有する者に限つて訴の利益を認めることにしているが、右訴の利益の有無は、処分自体の効力が失われたとしても、被処分者において処分があつたというそのことから期間経過後の現在の法律関係になおなんらかの影響をうけているか否か、しかして当該処分を取消した場合に取消判決の効力によつて同人がいかなる利益を回復することができるのかという点から個々の事案について具体的に判断されるべきことであると解される。

そこで、右の見地から免許の効力停止処分にともなう被処分者の各種不利益について検討することにする。

1  法一〇三条および同法施行令三八条、別表第二備考によれば、公安委員会は、道路交通法違反に対する行政処分の種類・程度を決定するにあたり当該違反者の免許の効力停止処分の前歴を判断の資料とすることになつている。しかし、それは最大限の場合にその免許の効力停止処分が過去三年以内になされたものだけに限られている。

2  法一二五条二項二号によれば、通常の者にとつて反則行為となる違反行為のうち、免許の効力停止処分をうけた者は反則行為に関する特例処理手続の道をとざされているものの、それは免許の効力停止処分を受けた者のうちでも過去一年以内に違反行為を理由として免許の効力停止処分をうけたことのある者のみである。

3  さらに、法九三条二項、一〇三条八項によれば、免許の効力停止処分は免許証に記載されることになつており、そのことによつて被処分者の名誉・信用等人格的利益が侵害されるおそれがなくもないが、原告の場合の免許証の有効期間は原告が昭和四七年法律第五一号による改正規定の施行前に免許を取得していたため、同附則五項により、当該更新に係る現行法一〇一条一項又は一〇一条の二・二項の規定による適正検査を受けた日の後のその者の四回目の誕生日が経過するまでの期間、すなわち、交付日昭和四九年六月二四日から同五三年一月二六日(適正検査後の四回目の誕生日)までであり約三年七か月とされ(右事実は成立に争いのない甲第二号証により認められる)、有効期間後の更新については法一〇一条、同法施行規則二九条三項により更新はこれを受けようとする者が現に有する免許証と引替えに新たな免許証を交付して行なうこととされている。

4  その他、免許の効力停止処分が将来の刑事事件での不利な情状として考慮されたり、あるいは被処分者にとつて主観的な名誉信用等が侵害されるといつた不利益が考えられなくはない。

以上のとおり、道路交通法関係において、被処分者の受ける不利益は法制上免許の効力停止処分後最大限三年間であり、また右処分が免許証に記載されることによる人格的利益侵害のおそれは、免許証の有効期間(原告の場合昭和四九年六月二四日から同五三年一月二六日まで約三年七か月)がすぎ更新されれば右処分の記載のない新しい免許証の交付を受けうるのであるから、右期間経過後は前記人格的利益侵害のおそれは消滅するものといわざるをえない。なお、将来の刑事処分における不利益あるいは主観的な名誉、信用等の侵害が前記法条にいう「法律上の利益」に当たらないことは事柄の性質上いうまでもないであろう。そうすると、運転免許の効力停止処分の取消を求める本件訴は、右処分の記載された免許証の有効期間満了日である昭和五三年一月二六日を経過した時点以降訴の利益を欠くに至つたものと解するのが相当である(当該処分により仮に被処分者に何らかの損害が発生した場合には、別途損害賠償請求によりこれを金銭賠償という形でおぎなうことが可能であるからこのように解したとしても被処分者の保護に欠けるところはない。)。

三  以上の次第であつて右期日がすでに経過していることの明らかな本件訴はその利益を欠くものというべきであり、従つて本案について判断を加えるまでもなく、本件訴は不適法な訴として却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精 川原誠 徳永幸蔵)

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